天木眞希1

カテゴリー: 天木眞希

天木眞希が初めてその男を意識したのは、一週間ほど前だった。
たぶん、いつでも彼はホームの同じ場所に立っていたのだ。
そして、眞希を見ていた。
どうして、オンナでもない自分にそんなに熱い視線を投げかけるのか、と自問しながら、眞希はとうにその理由を知っていた。


男のほうに綺麗に整った横顔を見せながら、眞希はゆっくり息を吐き出した。
息苦しいほどの視線は無遠慮に眞希を絡め取っていた。
眞希はどうしてもそちらを見ることが出来なかった。
その視線の意味を知ってなお、視線をあわせることはできなかったのだ。
怖かった。



まだ小学校のころでさえ、天木眞希の美貌は際立っていた。
整いすぎた容貌は同じ年頃の少女たちにもてはやされるよりも敬遠された。
近寄りがたかったし、少女たちのあいだでは彼に近づかないとい不文律が出来上がっていた。
同性の間でさえ、眞希の顔はちょっとした悪ふざけのネタになっていたことを眞希はしらなかった。
眞希自身は多少、気は強いが、ごくごく普通の少年だった。
少なくとも、あの夏が来るまでは。



電車を降りたとき、後ろから腕をつかまれた。
都内の私立高校に向かう途中だった。
ぎょっとして振りほどこうとする眞希を抱え込むようにして、男が歩き出した。
さっき自分を見ていた男だと気づいたときには、ホームを降りる階段の中ごろまで来ていた。
「放してください。」
腕をひねるようにして眞希は抗った。
けれども男は眞希に向かい合って、その肩を掴むと揺さぶった。
「付き合ってくれ」
そう告白されたのは、階段を降りきった少し広いスペースに差し掛かったところだった。
まわりは、足早に通り過ぎる、通勤通学の人たちで溢れていた。
駅の中は風も通らず、よどんだ熱い空気が立ち込めていた。
必死で眞希の腕を掴んでいる男の手は熱かった。
「君をずっと見ていたんだ。どうしようもなく、好きなんだ。」
そういう男の目は真剣そのものだった。

どうやってその場を逃れてきたのか、あとで思い出してもはっきりとはしなかった。
男の言葉は性質の悪い冗談にしか思えなかったが、その眼差しを思い出すと息苦しくなった。
男を押しのけるか、つかまれた腕を振りほどくかして、多分逃げてきたのだ。
『付き合ってくれ』
とはどういう意味だったのか、何か用事でもあったのか、もしかしてそれだけだったのかもしれないと、眞希は思い込もうとしたが、男の眼差しの残像が邪魔をした。
体の奥で、まだ知らぬ情動が、無垢なままでいようとする眞希を裏切った。
少なくともその日の授業内容は、一つも眞希の頭に残らなかった。


******
「なに、ぼんやりしてるの?」
そう声をかけられて、自分が、夕食を食べかけたまま物思いにふけっていたことに気づいた。斜め向かいに座っている母親が不審そうな視線を投げかけてきた。
「お兄ちゃん、最近おかしい」
まだ中学生の妹が、唇を尖らせた。
妹の真美は綺麗な顔立ちの兄が自慢だった。
もっと幼いころは、兄のお嫁さんになるのだといって聞かず、それが出来ないとわかるようになってからは、兄に熱い視線を注ぐ少女たちを敵視した。
眞希にとっては、可愛くもあり、うっとおしくもある妹であった。

「なんでもない」
と答えたそばから、駅での出来事を細かに思い出していた。
腕を振り切ったのではない。
向かいあって
『付き合ってくれ。』
といったときには男は腕を放していたのだ。
眞希は口の中で、もごもごと断りの言葉を発すると、男に背を向けて走ったのだった。



決してそれ以上無理強いされたわけではなかったから、家族にも、友人にも話さなかった。

だが、それから二週間ほどした学校帰りに、同じ男が眞希を待っていた。
「君、お願いだ。話を聞いてくれないか。」
ほかに同級生がいたにも関わらず、そう話しかけられて。
なんだ? と言う風に眞希の顔を窺った同級生はまるで、何かを悟ったように、
「じゃ、俺、先行ってるわ」
と、眞希を残していってしまった。
あまり嬉しくない誤解を招いたのかもしれないと思った。
「なんですか?」
そう向かい合って聞き返したとき、眞希は初めて男の顔をはっきりと見ていた。
たぶんハンサムという部類に入るのだろう。
「その、良ければ近くの店で話さないか。」
男の言い方は控えめだったが、必死なほどの強引さがあった。
どう断ろうかと思っているうちに、軽く腕をつかまれて、駅を出てすぐの喫茶店に導かれた。
「おごるよ。ケーキとか好き?」
まるで、女の子をナンパしているようだと思いながら、眞希はその印象が決して間違いないだろうと確信していた。
困るのだと、自分はそういう類の人間ではないのだと。
どう伝えたものかと考えながら、それでも眞希は男の向かい側の席に座った。
とりわけ好きな女の子がいるわけではなかったけれど、自分は同性を好きになる傾向は無いと思っていたし、ごく普通の結婚をして普通の人生を送る類の人間だと思っていた。
けれど、こうして向かい合っている緊迫した状況が、なぜか、自分を興奮させていたのも事実だった。
「君は、男の人を好きになったことはない?」
穏やかな聞き方だった。
「ありません」
即座に眞希は答えた。
「そう」
困ったように、男は、手元のコーヒーをじっと見ていた。

「前から、ずっと君を見ていた。好きになった。と言ったら困るかい?」
相手が男であっても、好きになったと言われれば、嫌ではなかった。
「ときどき、こんな風にあってくれないか。一緒にお茶を飲む。それだけでいいんだ。」
「でも……」
断るつもりでいたのに、そういう言い方をされると、それくらいならいいかという気になった。
世間を知らぬ高校生ゆえの浅はかさであったと、後になって眞希は知ることになるのだが。
はっきりと断りもせず、かといって承諾したわけでもなく、眞希は男と話していた。
もっともほとんどは男が一方的に自分のことを話すのに、頷くばかりであったが。


男の名は、松田祐平といった。
25歳の会社員で、眞希の家から五つほど離れた駅の近くのアパートに住んでいるという。
今春から、眞希と同じ電車で通勤をはじめ、眞希の姿を見つけ意識するようになったのだという。
「男が好きなんですか?」
眞希の問いかけは、まだ、世の中の曖昧さというものを知らない高校生ゆえの純粋で、容赦ないものだった。
松田は眞希に注いだ視線を揺らしながら、微かに頷いた。
そういう問いかけも、純粋さゆえの残酷さももう、ずっと早くから味わってきて、いまさら傷つきはしなかったのだ。
「けど、誰でもいいってわけじゃない。」
まだ、硬いつぼみのような青年になりかけのときを、その一瞬を愛するのだと、松田は、思ったが、口には出さなかった。

松田にとっても、まだ、この美貌の少年との時間は、育てていくべきもの、だったのだ。
決して無理強いする気もなかったし、本気で嫌がられれば引くつもりでいた。
その日二人は、二時間ほどをその店で過ごした。
さりげない自己紹介を交えながら、良く見るテレビ番組の話などをしただけだったが、眞希にとっては決して苦痛なだけの時間ではなかった。


******
遅くなったことをどう言い訳しようかと思いながら帰ると、母親は夕食の支度で台所に立っていた。
眞希はそっと階段を上って、自分の部屋に入った。
見つかったら、もうとっくに帰っていたと言うつもりだった。

けれども、妹の真美に見つかった。
「おにいちゃん、遅い。何してたの?」
しーっと、唇の前に人差し指を立てて、眞希は自分の部屋に飛び込んだ。
いつもうざいくらい付きまとう真美が珍しくついてはこなかった。
パタンと、音がした。
どうやら自分の部屋に入ったらしい。
ほっと胸をなでおろしながら、眞希は今日の出来事を思い出す。


男に告白されたというだけでも衝撃的だったのに、その男と一緒に喫茶店にまでいってしまった。
友人たちと出かけるのは、マクドやファミレスがほとんどだったから、どことなく居心地が悪かったのだが、ちょっとだけ、背伸びした自分が誇らしくもあった。


好きだといわれて、たとえそれが男でも嫌ではなかった。
少なくとも同性を愛する人の嗜好を軽蔑することはなかった。
それよりも、甘やかして居心地良くしてくれそうな松田との付き合いにはどこかふわふわした非現実的なものが感じられた。


******
その後も学校帰りに眞希は松田と話をしに、喫茶店に入ることが何度かあった。
夏の肌にまとわりつくような熱気から逃れて、冷たいコーラやジュースを飲みながら、学校のことや、友人のことを話した。
いつの間にか立場は逆転して、眞希のほうが話すことが多くなった。
松田は眞希にとっては優秀な聞き手だった。
時々相槌を打ちながら、学校での愚痴や、友人たちの話を楽しそうに聞いてくれた。
男の兄弟のいない眞希にとっては、話のわかる兄のように思えて、次第に、悩み事まで相談するようになっていった。

松田の視線は眞希の綺麗な顔の上から離れることはなかったが、それが、いつでも熱心に話を聞いてくれるという印象を眞希に与えるのだった。



******
「良かったら夏休みに旅行に行かないかい?」
そんな風に誘われたのは、終業式を二日後に控えたときのことだった。
え、と、一瞬だったが眞希が警戒したのは否めない。
「何か、おかしなこと考えなかった?」
笑いながら松田がからかった。
「心配だったら日帰りでもいいよ。」
そこまで疑ったわけではないが、眞希には、この居心地いい関係が変わることなど考えられなかったのだ。
眞希にとっての松田は、自分を甘やかしてくれる、物分かりのいい大人の代表のようなものだったのだ。
人を愛するということの片鱗さえ理解していなかった眞希だったが、人並みに甘えることにだけは長けていた。


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2008/08/31(日) 10:28 | trackback(0) | comment(2)

天木眞希2

カテゴリー: 天木眞希

泊まるか泊まらないかは曖昧なまま、二人は旅行に行く約束を交わした。
眞希は、両親には友達と旅行に行くと偽って、泊まってもいいように着替えを入れた大き目のバッグを用意した。


八月になってすぐに、二人は松田の運転する車で海の見える千葉の海岸沿いの宿にむかった。
ちゃっかり水着を持ってきた眞希が誘っても、松田は待っているからいいと、泳がなかった。
サーフィンをする恋人を待つ女のように、根気強く、松田は泳いでいる眞希を待った。
眞希が自分のことを忘れて、ただ、泳ぐことを楽しんでいることに気づくと、微かに寂しそうな笑みを浮かべた。
成就するはずのない恋だと、もうとうに気づいていたはずだった。
どこで、終わらせればいいのか、わからないまま、松田は苦しんでいた。
この美貌の少年にもう会えないと思うのは耐えられなかった。
それほどに、気持ちは高まっていた。



散々泳ぎ疲れた眞希が戻ってくると、松田は食事をしてから予約した宿に車を走らせた。
心地よい振動に身を任せて、眞希は眠り込んでしまった。
海岸通りのほかに車の通らない道の脇に車をとめると、松田は眠り込む眞希の顔をじっと見つめた。
目覚めているときは怜悧な美貌の眞希の顔が、目を閉じているせいでどこか甘やかなものに見える。
そちらにそっと顔を傾けると、松田は眞希の唇にそっと触れるか触れないかの口づけを落とした。


その夜は隣り合わせの蒲団で眠った。
いつも喫茶店で話すように、学校のことや、家族のことを話しながら、ふと、眞希は自分ひとりが話していることに気づいた。
ふと横を見ると、じっと自分を見つめている松田の視線に出会った。
「どう……」
どうしたの、と聞こうとして、二人きりで、家族にも内緒で旅行しているという現実が、不意に生々しいものとなって眞希の胸にせまってきた。
これは、新しい関係の始まりなのだろうか。
もう、自分は選択の余地もないほど深く踏み込んでしまっているのではないのだろうか?
「祐平さん?」
「ん?」
言葉を発しない問いかけに、松田は優しく笑った。
その微笑の中に、寂しさと諦めを、眞希は敏感に感じ取った。

「祐平さんは、その、俺のこと、抱きたいとか、キスしたいとか、思うの?」

これはまた、直接的な問いかけだと松田は、ふきだしかけた。
十代の男の子なら当然持っている性に対する好奇心の延長かも知れなかったが、この、思ったよりも聡い少年は、自分との関係を真剣に考えようとしているのかもしれなかった。
松田は、となりに寝ている眞希のほうに手を伸ばした。
「試してみる?」
そう問いかけると、眞希の表情がこわばった。
「女の子と付き合ったことはないの?」
眞希は首を横に振る。
これは松田にとって意外だった。
これだけの美貌の少年に、アタックしてみようとする少女はいなかったのか。
それとも近寄りがたかったのか。
松田は、自分の蒲団から抜け出すと、眞希の布団に入っていった。
驚いて体を離そうとする少年を宥めるように、そっと抱きしめた。
「何もしない。君が嫌がるようなことは何もしないから。」
それから、いつでも逃げられるように、力を抜いて眞希の体を抱いていた。
少年が落ち着くまでじっと、そのままでいたのだ。


眞希はがちがちにこわばった体の力を抜こうとした。
それがなんだか、相手を信用していないようで失礼な気がしたのだ。
男に抱きしめられていてさえ、眞希の中で、松田という存在は恋愛や肉欲と結びつくものではなかった。
だが、
「触ってもいい?」
ようやく眞希の心臓の鼓動がおさまったころ松田は聞いた。
眞希は頷かず、ただ、松田の顔を見上げただけだった。
背中に回された手がゆっくりと背筋を辿って、下がってきた。
嫌な感触ではなかった。
むしろ、ぞくぞくするような心地よさであって。
それが、やがて性感に結びつくものであるのを未だ、眞希は知らなかった。
「嫌だったら、ストップって言って」
そんな風に選択肢を与えながら、松田の手は眞希の体のあちこちに触れた。
「見た目よりがっちりしているんだ。」
その声が上ずっていることに眞希は気づかなかった。


そっとしたに下りてきた手が眞希の性器に触れた、優しく包み込む。
拒む間もなかった。
心地よい温かさに飲み込まれ、眞希は拒めなかった。
松田はじっと眞希の顔を見ていたが、不意に、布団の中に顔をもぐりこませた。


下肢がくつろげられ、あっという間に感じやすい部分があたたかな感触に包まれた。
松田の口に含まれているのだと気づいたときには、もう快感に縛られていた。
「やっ」
あげた声は拒んでいても、体は正直だった。
もっと含まれたくて、上り詰めたくて、眞希は腰を振った。
初めての他人からの性の手ほどきであった。
強烈な快感に耐え切れず、眞希はあっけなく達した。


それを松田は躊躇いもせず飲み込んだ。
そうして、立ち上がると、温かいタオルで、眞希の下腹部を拭ってくれた。
すまない気持ちでいっぱいになっている眞希の頭を撫ぜると、一人バスルームに入っていった。

蒲団の中で体をまるくしながら眞希は震えていた。
自分の身に起こったことが信じられなかった。
他人の口のなかで達してしまうなんて。
それも男の人の。
しかも、信じられないほど気持ちよかったのだ。

ひどくいけないことをしたような気がした。
松田にすまないと思った。


「ごめんなさい」
松田が戻ってきたとき、眞希は小さな声で言った。
「なんで?」
松田が笑った。
「だって……」
恥ずかしそうに口ごもる眞希を愛おしそうに見つめると、松田は小さく笑った。
「恥ずかしがることじゃないよ。男同士だろ。」
そう言われて、ようやく眞希は体の力を抜いた。

松田は、自分の蒲団に戻って、眞希のほうを向いた。


「ごめんね。無理強いしちゃったみたいで。忘れてもいいから。」
そういうとにっこり笑って、目を閉じた。



明かりを落とした部屋の中で眞希は眠れないでいた。
自分の身に起こったことは衝撃的であったが、それ以上に、あんなことのあったあとでも、態度の変わらない松田がどう思ったのか、それが気がかりだった。
嫌がっていたくせに、体だけは制御不能のように突っ走った。
たまらなく恥ずかしかった。


翌日、松田は眞希を家の近くまで送っていった。
「楽しかったよ。」
そういうと、また、昨夜のようににっこりと笑った。
その笑顔に、眞希は胸の奥がざわついた。


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2008/08/31(日) 10:32 | trackback(0) | comment(0)

天木眞希3

カテゴリー: 天木眞希

******
旅行に行ったからといって、二人の関係が接近したわけではなかった。
むしろ、眞希は松田との付き合いの意味を真剣に考え始めて躊躇していた。
この先にあるものがなんなのか、怖がっている自分と、松田を傷つけたくないと思っている自分がいた。

恋愛感情では決してなかったが、眞希にとって、松田は、友人たちとは違う意味合いの、大切な人間、かけがえのない人になりつつあった。




けれども、まだ眞希は高校生であったから、友人関係も生活もそこを中心としていた。
母親からの
「勉強しなさい。」
という言葉は、それまではうっとおしいものであったのに、今の眞希にとっては日常に引き戻してくれる呪文のようなものであった。




やがて、高校三年生になると、受験生ということもあって、松田と会っても短い時間話をするだけで、二度目の旅行は実現しなかった。
いきおい、二人の関係にも進展はなかったが、眞希は、あの旅行の夜を思い出して、真夜中ベッドの中で、自分のものに手を伸ばすことがあった。
それほどに、性的経験のない眞希にとっては忘れられない記憶となったのである。

あとになって思えば、あのときいい思いをしたのは自分だけで、バスルームに行った松田が自分で処理をしたのかもしれないと、考えると、申し訳ない気持ちになった。

だから、会いたいと言われれば会い、誘われれば短いドライブに行ったりもしたが、何より松田は受験生である眞希を気遣っていたから、それ以上のことを求めることはしなかったのだ。



けれども、眞希は松田との付き合いが、同級生の一部の間で噂になっていることは知らなかった。


それを知ったのは、たまたま妹の借りたビデオを返しにいったレンタル店で出会った、同級生の口からだった。
以前は良く一緒に学校から帰っていた同級生だった。
「ビデオ借りたんだけど、一緒に見ないか?」
そう誘われた。
久しく、同級生と遊ぶこともなかったから、懐かしさも手伝って、眞希は、他の三人と一緒に、その高尾という同級生の家に行った。


それはやや、グロい場面のあるホラー映画だった。
「きもー」
「げー」
とか騒ぎつつ見ていた同級生が、ちょっと色っぽいシーンでしんっとなった。


映画が終わったとき、高尾が何気ない口調で、眞希に聞いた。
「お前経験あるの?」
は、と思いながら、眞希はそれが性的な経験のことだと気づいた。
「オンナと?」
確認してから、否定するように首を振った。
松田との夜がふと頭を掠めたが、すぐにそれを振り払った。
だが、
「男とは?」
高尾の声に、一緒にいた三人がはじかれたように顔を上げたのには、眞希は気づかなかった。
「男とって……」
「お前、付き合ってる男いるだろ?」
どう答えたらいいかわからないでいる眞希に、高尾が畳み掛けるように聞いた。
眞希は首を振った。
「じゃあ、援交か?」
「なに、何を言って……」
「噂になってるぜ。喫茶店で男と会ってるって。」
「援交なんかじゃない。」
それだけを言うと、眞希は唇を噛んで黙り込んだ。
喉もとまで怒りがこみ上げてきた。
「じゃあ、なんなんだ?」
高尾の追及はやまなかった。
「なんで、そんなこと、お前に関係あるのか?」
「ごまかすな、ちゃんと言え。俺ら、友達だろ。」
高尾が詰め寄る。
「お、おい、高尾。」
「よせよ」
ほかの友人たちがうろたえたように止めに入った。
「帰れよ。お前ら。俺はこいつにちゃんと聞きたいんだ。」
慌てた様子で、他の三人が帰っても、高尾と眞希はにらみ合ったままじっとしていた。

「なあ……」
高尾の口調がやや、穏やかになる。
「別に好奇心で聞いてるんじゃない。お前のために忠告してるんだ。男なんか止めとけ。」
「なんで、そんなことお前に言われなきゃいけない。」
ふーっと高尾が息を吐き出した。
「なんでか、知りたかったら、校舎の三階の西の男子トイレにいってみろ。そうしたらわかる。天井を見ろ。」
何のことかわからずに、黙ったままでいる眞希にむかって高尾があごをしゃくった。
「行けよ。もう、話すことは無い。」




後で思えば、あそこで誘われたのは偶然ではなく、高尾は眞希と話をする機会を待っていたのだ。
本当に、高尾が心配していたのだとわかったのは、彼に言われたとおり、男子トイレに行ってみてからだった。
多少の落書きなどと言うものはトイレにつき物だったし、大抵は教師が気づいて消しているはずだった。
だが、言われた男子トイレの天井には、でかでかと黒い文字で、
「天木眞希とやりてえ!」
「天木の口に○○○を突っ込みたい!」
と書かれていたのだ。
怒りと悔しさで、眞希は目がくらんだ。
誰がこんなことを、そう、思ったが、天井にはもちろん手が届かない。
誰が、どうやって。
多分、一人じゃない。ほかの誰かの肩の上に乗って、書いたんだ。

そのとき、天井を見つめたままの眞希の体を誰かが強く引っ張った。
「へー、当事者のおでましとはな。」
背後から強く抱きしめられた。
眞希はその腕を振りほどこうと闇雲に暴れたが、体は自由にならない。
「ほんっと綺麗な顔してるな。その顔で男くわえ込むんだ。」
「やめろ!」
トイレのドアに押し付けられキスされそうになったとき、眞希は、躊躇わずに膝で相手の腹を蹴り上げた。
そのとき初めて顔が見えた。
隣のクラスの、確か、山賀、とか言った。
時々、裏庭の陰でタバコを吸っている生徒だ。
「男いるんだろ。俺にもやらせろよ。お前みたいに綺麗だったら、男でもいいや。」
自分がしようとしていることとはおよそかけ離れた、緊迫感のないいいようだった。
「リーマンのおっさんなんかとつるんでるより、俺のオンナになれ。」
喉が詰まりそうな眼光で睨まれた。
だが、眞希はもう一度、山賀の腹をけった。
山賀は避けもせず、眞希の蹴りを受けとめた。
「もっと蹴れ。絶対俺のオンナにしてやる。」
力の弱まった腕の下をかいくぐって、ようやく眞希はトイレから抜け出した。
廊下を走って、階段までたどり着いたとき、振り返ると、トイレの前にたったまま、山賀が、じっと見ていた。


それから、三日ほどしてようやく、トイレの落書きが問題になったらしく、業者が来て、天井のペンキを塗り替えていった。
だが、作業が大掛かりになったせいで、落書きのことはほぼ学校中に知れ渡った。
眞希に非があるわけではなかったが、担任は二三日学校を休むようにと言った。


母親は心配したが、眞希は詳しくは説明しなかった。
松田とはしばらく会えない。眞希はそのことを彼に携帯で連絡した。
松田とのことが教師の耳に入るのも時間の問題かもしれなかった。
こうして騒ぎになってしまうと、たとえば問いただされたら、松田のことをどう説明したらいいのか、眞希にはわからなかった。
友人でもないが、恋人でもない。
いつか、そのどちらかになるのかさえわからない。
いまの、眞希にとっては兄のような存在と言うのがあたっているかもしれなかったが、そんな説明で周囲が納得してくれるとは思えなかった。


だから、父親が、学校で話を聞いてきて、眞希に問いただしたときも、眞希は黙り込んだままでいた。
母親はただ、二人の間でおろおろするばかりだった。
だが、母親が部屋から出て行った後、眞希の部屋にとどまった父親が静かに言った。
「そんなに親が信じられないか」
と。
信じられないわけではなかった。ごくごく普通の会社員でひたすらまじめな父親だったが、眞希にとっては尊敬できる親であることは確かだった。
「落書きの写真を見せてもらった。お前がときどき男性と喫茶店で会っているという噂があることも聞いた。親としてはそのどちらも軽んじていいことだとは思っていない。」
「……」
眞希にはどう答えていいのかわからなかった。
「その人のことが好きなのか?」
「……」
「それも答えられないか?」
眞希は首を振った。
「父さんが思っているような意味では、好きじゃない。でも、いい人だとは思ってる。」
「そうか。」
とだけ、父親は言った。
その表情からは何を考えているのか推し量ることができなかった。
「落書きの写真って?」
「いじめとか、人権侵害の証拠になるんだそうだ。お前には残しておいて欲しいものじゃないだろうが。あれを見てどう思った。」
「……ムカついた……気持ち悪くて、吐きそうになった。」
「だろうな」
だが、その後起きたことは、山賀という同級生に『俺のオンナになれ』と言われたことはさすがに話せなかった。
「言葉だけでも充分な暴力だ。気にしないようにと、担任の先生は言ったが、無理な話だろう。」
意地でも気にするまいと、眞希は思っていたが、父親の言葉に不意に涙が溢れた。
「うん」
頷くのと同時に膝の上にぽたぽたと涙が零れ落ちた。


父親の手が、そおっと頭と肩に触れた。
「すぐに学校に戻る必要はない。どうしたいのかよく考えてみなさい。転校するっていう手もあるぞ。」
どう答えたらいいのか分からずに、眞希はただ闇雲に首を振った。
被害者であるはずの自分が学校を休まなければならないこと、もしかしたら転校しなければならないということが悔しかった。
「学校行きたい」
このときまで眞希はまだ、そこで取り戻せるものがあると信じていた。
普通の高校生の日常が、友人たちとのたわいないおしゃべりや、受験勉強や。
学校と言う場所が決してそう好きではなかったが、少なくとも、大人と子どもを隔てて、守ってくれる安心できる場だと、まだ、信じていた。


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2008/08/31(日) 10:34 | trackback(0) | comment(2)

天木眞希4

カテゴリー: 天木眞希

五日間ほどの休みのあと、本人の強い希望と言うことで、眞希は復学した。
だが、朝、教室に踏み込んだときから、眞希を囲むクラスメイトたちの視線には戸惑ったものが混じっていた。
どう扱ったらいいのかわからない同級生。誰よりも早く、大人の階段を駆け上がってしまったクラスメイト。
なぞめいた、そして妖艶でさえある噂が似合う少年。
好奇心と、嫉みと、軽蔑と、そんな視線を、眞希は痛いほど感じた。
誰も話しかけてはこなかった。
一時間目も終わらないうちに、眞希は学校に来たことを後悔した。
休み時間になって、いたたまれずに、教室から出ようとしたとき、高尾が飛び込んできた。
「天木!……」
それから、眞希の顔を見て息をのんだ。
本人は気づいてはいなかったが、このところの心痛から、眞希は痩せて顔色が悪かったが、それが、生来の美貌をさらに引き立てて、妖しい危うさを醸し出していたのだ。
同年代の少年でさえ、それに気づいて、戸惑った。
「なに?」
「……お前大丈夫か?」
不意に眞希は目の奥が熱くなった。
少なくとも、自分を気遣ってくれる人間が一人はいるわけだ。


それだけを支えに、なんとか一日を乗り切ったが、眞希の神経はもうぼろぼろだった。
家に帰って蒲団にでももぐりこんでもうどこにも出たくはなかった。
けれども、学校からの帰り道で、山賀が待っていた。
「長い休みだったな。」
黙ったまま、眞希は、山賀の前を通り過ぎようとした。
だが、いきなりウエストの辺りを引き寄せられた。
「無視するな」
間近で、山賀を睨みつける眞希の表情は、はねっかえりの子ねこのようで、男の気をそそった。もちろん、眞希はそんなことには気づかなかったが。
「まだ、あの男とつきあってるのか?」
眞希は顔を背けた。
体をひねっても、引き寄せられた体を解放することは出来なかった。
「やめちまえよ。好きなわけでもないくせに。」
「あんたには関係ない」
関係ない。関係ない。
関係もないくせに、なぜ、こんな風に人の中に立ち入ってくるのか。
自分でも驚いたことに、山賀に感じている怒りは、自分をオンナ扱いされたことではなく、松田のことに踏み込んできたことだった。
まるで、松田に対して踏み切れないでいる眞希の気持ちの偽りを、わかっているかのように、口にされることだった。
「放せよ」
もう一度、体をひねると、山賀はあっさり腕を放した。
いきなりだったので、眞希は支えを失って、しりもちをついた。

目の前に山賀が手を差し出した。

その角ばった大きな手から、目を背けると、眞希は自分で立ち上がった。
それから、山賀のほうを見ようともせず、歩き出した。

「あれは、俺じゃないぜ。」
まだ、後をついてきた山賀が声をかけてきた。
「あの、トイレの落書きは俺じゃない。」
関係ないそんなこと。
「もし、誰かが何か言ってきたら、俺に言えよ。ぶんなぐってやるから。」
関係ない。

黙って、眞希は早足で歩き続け、やがて、山賀の気配は消えていった。




家に戻ると、玄関のドアを閉めるよりも早く、母親が飛んできた。
「どうだったの?」
と聞かれて、眞希は、笑った。
なんでもないように笑った。
もう、学校に行きたくないとは言えなくなった。

松田に会いたいと思った。何かを伝えたい、そう思いながら、携帯を開いたのに、とうとう、メールひとつ打てなかった。



******
気配を消して、まるで息をしていないもののように、ひっそりと眞希は教室にいた。
出来るだけ誰とも関わらす、休み時間も一人本を読んでいるか、勉強していた。
授業の一環でどうしてもクラスメイトと関わらなければならないときも、できるだけしゃべらず、意思を表さず、おとなしくしていた。
クラス全体が眞希を意識しながら無視していた。
だが、それは陰湿ないじめにはならず、やがて、眞希の心の中のざわつきだけを残して、すべてがもとの静けさを取り戻したかのように見えた。




あれ依頼、松田には会っていなかった。
気分が落ち着いたら、電話するつもりだった。
けれども、携帯を手にするたびに、メールをうとうとするたびに、
『好きでもないくせに』
と言う山賀の言葉が蘇った。
恋愛感情などないくせに、いつまでも、松田を引きずっていたのは自分のほうではないのか。そんな思いが、松田に連絡を取ることを躊躇わせた。
本気の松田の思いをこれ以上踏みにじるわけにはいかなかった。

時折、眞希は松田との旅行の晩を思い出した。
あんなふうに優しく触れ合っていられたらいいのに、そうではないことを自分が一番良くわかっていた。
今度、付き合い出したら、もっと先へと、自分にとって未知の領域へと進まざるを得ないのだろうと。



クラスのなかでは、あまり話しをする相手もいなかったが、昼休みになると、高尾が来た。
何かと、眞希のことを気遣って、側にいようとしてくれるのだとわかった。
だが、高尾とのことが誤解されているのだと、ある日眞希は気づいた。
前ほど大きな落書きではなかったが、男子トイレの個室に、鉛筆書きで、おなじみの相合い傘が描かれていて、その下には、眞希と高尾の名前があった。
一度はみ出してしまった眞希を、もう、周りは受け入れようとはしないと言うわけだ。


「お前知ってんの?」
ある日、高尾が来たときに、周りに誰もいなくなったのを見計らって、眞希は聞いた。
自分たちのことが性質の悪い噂になっていることを。
高尾は肩をすくめて笑った。
「お互い、悪い虫がつかなくっていいだろ」
真っ直ぐに見返す目の中に、懐かしいようなものを見つけて眞希は、松田を思い出した。
「それより、お前こそ、あの男とまだつきあってんの?」
教室で話す話題ではないと思いながら、眞希は微かに頷いた。
「けど、恋人とかそういうんじゃない。」
高尾が、何か言いかけて、口をとざした。
「なに?」
そのとき高尾はなんでもないという風に、首を振ったが、眞希には、高尾の言いたいことがわかってしまった。
『だったら、なんだ?』
たぶん、高尾はそう聞きたかったのだ。
答えを知りたいのは眞希も同じだった。



******
まるでボディーガードであるかのように、高尾が側にいるようになったのは、そのころからだった。昼休みになると、高尾は必ず、眞希のクラスに姿を見せた。
周りから、どう思われようと気にはしないと、その目が語っていた。


同じだ。

と、眞希は思った。
自分のことを好きだと語った、松田と同じ目をしていた。
その意味合いを取り違えているとは思えなかった。
自分だけが、そんな周りの感情の波から取り残されたように、眞希はただ戸惑うばかりだった。
そんな自分をずるいと思う潔癖さを眞希は備えていた。

「毎日、来てくれなくてもいいよ。」
ある日、眞希は高尾に言った。
お前の気持ちにはこたえられないから。
言外にそんな思いを込めていた。
そういう、眞希にじっと目を注いだまま高尾は何も言わなかった。
けれども、翌日からも、変わらず、昼休みになると、眞希のところに姿をあらわした。


次第に、眞希の周りは以前の状態を取り戻し始めていた。
眞希も少しだけからだの力を抜いて、教室にいることが苦にならなくなり始めていた。



******
「学校はどうだ?」
父親がそんな風に聞いてくるのは久しぶりのことだった。
父親の目にも、眞希の様子は落ち着いてきているように見えたらしかった。
「ふつう」
眞希が一言で答えると、父は微かに微笑んだ。
仕事一途で、帰りの遅かった父が、眞希の顔を見るためだけに早く帰ってくるようになった。

眞希が学校に復帰するようになって、二週間くらいしたころから、松田からのメールが届き始めていた。
時々、眞希は短い返信をしていたが、また会おうという気にはなれなかった。

山賀に言われた
「俺のオンナになれ」
と言う言葉が何かの拍子に頭をよぎった。
相手が誰であれ、そういうことなのだと思った。

きちんと話が出来るようになったら、もう会わないと、伝えようと思った。
多分、それがあの人にとってもいいことなのだと、信じていた。
何も返してあげられない自分との交際に時間を無駄にするよりも、もっと似合いの相手を見つけることが出来るはずだ。

兄のようだった松田のことを思うと寂しさが胸をよぎったが、それは若い眞希にとっては無視できないほどのものではなかった。


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2008/08/31(日) 10:49 | trackback(0) | comment(0)

天木眞希5

カテゴリー: 天木眞希

その日、眞希は松田に会おうと思った。
一緒に帰ろうと眞希を待っていた高尾に、よるところがあるから、先に帰って欲しいと告げた。
一人だけになった教室で、眞希は携帯で松田に連絡した。
翌日の帰りに会うことを約束して、振り返った眞希の後ろに、山賀が立っていた。
ついと顔を背けて、山賀の脇を通り抜けようとした眞希の腕を山賀が掴んだ。
「まだ、あいつと会うのか?」
「関係ないだろう」
短く吐き出して、振りほどこうとした腕はびくともしなかった。
本能的な恐怖を感じてもがく眞希を山賀は机に押し付けた。
「俺のオンナになれ」
まだ言うのか、と思いながら、眞希は怒鳴った。
「俺はオンナじゃない。」
精一杯の虚勢を張って眞希は言い返したが、睨みつける山賀の迫力に体が震えた。


「こんな顔をして、まだ、そんなことを言うのか?」
眞希の周りの誰もが、眞希の美貌を認識していながら、それをはっきりと眞希自身に告げることはなかった。
山賀の指先が眞希の頬を辿る。
嫌悪と怒りに駆られて、眞希は、思いっきり膝を上げた、山賀の腹をけりつけるつもりだった。だが、膝は空を切った。
地元では目立つ存在だった山賀は、他の学校の生徒にも絡まれることが多く、喧嘩慣れしていた。
逆に、眞希の襟元を掴むと、床に引きずり倒した。


「抱いてやるよ、ここで、そうすりゃ、あんなリーマン諦めがつくだろう。」

そう言われたときでさえ、眞希の中にはどこか醒めたものがあって、自分の身に起こっていること、起ころうとしていることが信じられなかった。
痛みのためにもがきながら、山賀をにらみつけると、シャツを思いっきり左右に引かれた。
ボタンが飛んで、白い肌が露になる。

「はなせ!!」
蹴り上げた足があっさりとかわされ、みぞおちを殴られた。
息が詰まり、一瞬意識が飛ぶ。
ズボンを脱がされかけていることに気づいて、焦って体を起こそうとしたとたん、また、殴られた。
悔しさに唇を噛みながらも、痛みのために涙目になっている眞希の表情がひどく色っぽく扇情的に男の眼に映ることを眞希は知らない。

殴られた痛みと衝撃に頭がぼんやりしている間に、下着ごとズボンを剥ぎ取られた。
抗う眞希をうつ伏せに押さえつけた山賀は、脱げかけたワイシャツで、眞希の手を縛った。
腕を動かせないわけではないが、不自由になった腕ごと体を反転させられると、もう抵抗できなかった。
立ち上がった山賀が自分のズボンを下ろすのを眞希は信じられない思いで見つめた。
そそり立った凶器が目の前に突きつけられる。
「舐めろ」
眞希が顔を背けると、山賀が歪んだ笑いを浮かべながら、自分のものを眞希の頬にこすりつけた。

眞希は嫌悪感ではきそうになった。
だが、山賀は、さらに眞希の下肢にそれを押し付けてくる。
「やめろ!」
叫んだはずの声は、情けないほど擦れていた。
「力抜けよ。裂けるぞ。」
意地でも入れさせるか、と、眞希は体をこわばらせて、下肢に力を込めた。
ぱんっと、頬が鳴った。
そのまま何度か頬に平手打ちをされて、意識が朦朧としたところで、山賀が突っ込んできた。
抗うように腰をねじり、力を入れると、すさまじい痛みが脳天まで突き上げた。
叫びたいのに、声も出なかった。
酸素を求めて開いた口からは、悲鳴に似た嗚咽がもれた。
自分の声とも思えなかった。

眞希の内壁を抉り、無理やり押し入ってくるもののもたらす痛みに負けて、とうとう眞希は力を抜いた。
半ば失神しかけていたのだ。
眞希が力を抜いたことと、流れ出した血液で、すべりのよくなった山賀のものは、ずっ、と滑り込むように、眞希の中に入り込んできた。
「奥まで入ったぜ。」
山賀の呟きも、眞希の耳には入らなかった。
空ろな目を見開いたまま、息を吐き出して、体を抉る痛みに耐えていた。
山賀の顔が降りてきて、唇を奪われたときも、抵抗する力も残されてはいなかった。


そんな眞希を見下ろしながら、山賀は腰を使った。
出し入れされるたびに、眞希の内部は熱をもち、激しく痛んだ。
だが山賀は容赦しなかった。
やめて、許して、と、眞希は心の中で叫んでいたが、気を失うまで、自分がその言葉を小さく呟いていることに気づきもしなかった。


山賀は、眞希の奥にまで自分のものを押し込むと、射精した。
オンナだったら妊娠させてやるのに、と、思っていた山賀の仕草にいたわりはない、支配したいという欲望だけが露だった。
けれども、山賀は自分のものを抜き出した後、気を失った眞希の体を、引き寄せて、血まみれの孔に指を押し込んだ。
「よくしてやる」
気を失ったままの眞希の体の奥を探ると、前立腺に指を押し付けて、抉るように刺激した。


痛みの奥から、もどかしいような快感が競りあがってきて、眞希を覚醒させた。
「やっ」
うろたえ混乱しながら、眞希は抗った、それは痛みしかもたらさなかったが、そのほうがましだった。
優しくもない、愛撫で達かされるのは耐えられなかった。
自分の息が荒くなり、感じているのだと、知られるのは屈辱だった。


何度も山賀の指は眞希のイイトコロをかすめ、容赦なく刺激した。
眞希が、耐えられずに射精すると山賀は口の端を歪めて笑った。
高校生とは思えない、獰猛な顔つきになった。

「いい子にしてれば、もう痛い思いはさせない。」
威嚇するようにそう言われた。

眞希は腹の底から悔しさがこみ上げてくるのを感じた。
相手の思い通りにされたという悔しさ、それ以上にさらに支配してこようとする、暴君のような相手に対する怒りを感じた。
睨みつけると、山賀は笑った。
「もう一回突っ込まれたいのか?」
眞希は体が震えるのを感じた、腹のそこから冷たいものが上がってきて吐きそうになった。
もう一度あんなことをされたら、死んでしまうだろうと思った。
山賀の指が、眞希の腹の上をなぞり、そこにこびりついたものをなぞった。
そのまま、眞希の口元に持ってきた。
「舐めろ」
眞希は、口を硬く閉ざしたまま顔を背けた。
山賀は、指を眞希口元になすりつけると、覆いかぶさって、キスをしてきた。
息が止まりそうに、濃厚な口付けをされて、眞希は体をひねって逃れようとした。
眞希には以前松田からされたキスの記憶はなかったから、実質他人からされた初めてのキスであった。

やがて、山賀は眞希の腕を縛っていたシャツを解くと、廊下に出てぬらしてきたタオルで眞希の下半身を拭った。
それから、そのタオルで床に残った血液のあとを拭いた。

眞希はのろのろと服をもとに戻したが、痛みは未だ激しく立ち上がることも出来なかった。
自分の身に起こったことが信じられなかった。

そんな眞希を山賀はじっと見ていたが、やがて、眞希を一人教室に残すと、出て行った。


痛む体を引きずりながら家に向かう眞希の顔色は紙のように白かった。
その中で、血のように赤い唇だけが、奇妙に浮き上がって、色気があった。
無理やり目覚めさせられた性が、そこにだけ花開いているかのようであった。




家に帰ると、気分が悪いからと、眞希は自分の部屋に閉じこもった。
誰にも会いたくなかった。
誰の顔も見たくなかった。
ベッドの中にもぐりこんでじっとしていた。
男に犯された、ということよりも、体を苛んでいる痛みのほうが切実に眞希を打ちのめした。

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2008/09/01(月) 14:03 | trackback(0) | comment(0)